May
26
2010
「もう二度と社長にはなるまい・・・」 2008年6月、実質的に業務停止に追い込まれたソルダム株式会社社長として苦悩の数年間を過ごしたあとの本心でした。そしてスタッフ達がMBOによってウインディディベロップメント株式会社の経営権を取得し、一部業務の継続と行ってくれた時、自分にできることはすべて協力し、WiNDyの系譜を途切れさせないようにしようとは思ったものの、籍を置くこともなく一人の私人としてのポジションを変えるつもりは毛頭ありませんでした。社名に「星野」とつけていただいたことも、本心は心苦しかったし、何よりもまず景気が悪く、業界の行く末もネガティブなものでしたから、身の置き場に困り果てました。
あれから2年、世界は大きく変わってゆきました。そして日本も、自作業界も、以前とは比べ物にならぬほどに衰退したのは事実です。そしてそのプロセスにおいて、スタッフの苦悩もまた大変なものだったと思います。PCケースは、いうなれば嗜好品です。そして嗜好品は景気変動の影響をまともに受ける。出だしは順調であったものの、経営に山あり谷ありは当然のこと。初めて経験する経営という仕事にスタッフは大いに戸惑っていました。それを傍らで見て、アドバイスをして、私自身実感していて、そんな日々の中で、どうしてもこの仕事は私に課せられた一生のライフワークのように思えてきました。
「1年交代で社長をやる」という傍目ではジョークのような、アイエヌジーの経営形態も、私には非常に合理的に思えましたし、社長経験をつむことは決して無駄ではないと思っていました。しかし、残念ながら今の日本では、「社長」という二文字に大きなプレッシャーがかかる旧態依然のシステムがあまりに多すぎる。経営に行き詰まれば融資をうけて、という考え方も、大多数の中小企業を支えた政府支援とも無縁な弊社であっても、さまざまな制約を受けました。なってみて初めて実感できる重荷もあり、私もいろいろアドバイスをしてきましたが、「経営」という仕事の意味をスタッフが実感したとき、オーナーであるスタッフの皆さんから「経営を委任したい」というお話を今春いただきました。私は経済のさまざまな状況や私自身の立場を考えて約2ヶ月間悩みました。資本があるなら、身を屈めていればどうということはないこの不況も、新興企業にとってはアグレッシブに行動しないと乗り切ることはできません。辛くても苦しくても前に出る歩みを止めてしまえば、この大きな荒波を乗り越えることなどできるはずがない。その、最前線に自分がまた身を張って出てゆかないとだめだと感じ、5月中旬に承諾いたしました。
私としては、初めて経験する「雇われ社長」であり、契約はジョブスと同じ年俸1ドルとしました。ソルダム系列のライバル企業なども生まれ、業界が活気付くといいなと感じていますし、また大いに経営を楽しみながらやってゆきたいと思っています。この2年間、じっくりと世間をみて、苦悩の経営者の方々とお話をし、そして、自分の人生を振り返ることができました。これからは、大いに変わらなくてはいけない日本、激動の世界経済、という環境を自由に泳いで見たいと思っています。
最後になりましたが、体調不良でお休みをいただいている前任の茂木社長には大変ご苦労様でした。もうすぐ復帰されると聞いていますが、これからもご協力いただきながらがんばって行きたいと思っています。また、元はといえば、私の苦悩の挑戦から始まったWiNDyを、今日まで支えていただきました関係者の方、そして絶大なご支援、ご声援をいただきましたファンの皆様に、厚く御礼申し上げますとともに、今後も引き続き星野アイエヌジー株式会社に、そしてWiNDy、ALEXERにご声援を賜りますよう、改めてお願い申し上げます。
代表取締役 CEO 星野 泉
Posted by 星野泉 | この記事のURL |